【訃報】 「鉄人」と呼ばれた男・衣笠祥雄さんが死去

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プロ野球選手として広島東洋カープで活躍し、2215試合連続出場で「鉄人」と呼ばれた衣笠 祥雄(きぬがさ・さちお)さんが23日、上行結腸がんのため都内で死去したことがわかりました。71歳でした(私の地元である京都府出身)。

高校時代

高校時代、京都の平安(現・龍谷大平安高)で捕手として活躍。

1964年には春・夏連続で甲子園出場を果たし、いずれもベスト8進出に貢献するします。その活躍がプロの目に留まり、翌年に広島東洋カープに入団しました。

プロ入り後の活躍

プロでは内野手に転向。
1968年に127試合に出場して頭角を現すと、1972年にリーグ最多安打(※当時は非タイトル)を記録。1975年には山本浩二氏らとともにチームを牽引、セ・リーグ初優勝の立役者になりました。いわゆる「赤ヘル旋風という言葉が誕生したのもこの時です。

その後も1976年には盗塁王、1984年には打点王のタイトルを獲得。

また、1970年10月19日の巨人戦から1試合も休まずに試合に出場を続け、1987年の10月22日・大洋戦まで2215試合連続で試合に出場。当時の世界記録だったルー・ゲーリックの2130試合を塗り替えました(1996年にカル・リプケンに抜かれるまで世界一の記録)。

プロ通算2677試合の出場で打率は.270。本塁打はプロ野球歴代7位タイの504本、打点は11位の1448打点。得点も1372点で歴代6位にランクインするなど、連続試合出場の陰でとてつもない記録を残しています。

まさにレジェンド

1987年、惜しまれながらも引退。

その年、王貞治氏に次いでプロ野球選手としては2人目の国民栄誉賞を受賞します。1996年には野球殿堂入りも果たしました。

まさに「球界のレジェンド」というべき存在。

ご冥福をお祈りいたします。


出典元

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180424-00000100-spnannex-base

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180424-00151121-baseballk-base.view-000

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